8月 12 2014
音楽というスープ作りの話〜ブックレビュー「人を振り向かせるプロデュースの力 クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル」
クリエイター集団agehaspringsの代表であり、プロデューサーとしても有名である玉井健二さんの著作である「人を振り向かせるプロデュースの力 クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル」という本が出てたので、早速買って読んでみた。
agehaspringsと聞いて知らない人もいるかと思うので簡単に説明すると、作曲家・作詞家・プロデューサー・エンジニアなどの音楽制作者集団で、主なメンバーとしては元NATSUMENでthe day のメンバーでありYUKIの「joy」「長い夢」「ドラマチック」等を作った蔦谷好位置、自らのプロジェクトQ;indivi でも積極的に活動する田中ユウスケなどが挙げられる。というか僕は蔦谷さんがagehaspringsに所属していることをこの本を読んで知ったwwてなわけで、agehasprings案件の代表的なものをご紹介。
AKB48「ヘビーローテーション」
いきものがかり「じょいふる」
https://www.youtube.com/watch?v=wsvNsfPZPiE&start=150
でんぱ組.inc「でんでんぱっしょん」
ここで挙げたのは女子ボーカルばっかだけど、他にも関ジャニ∞、Base Ball Bear、flumpool、FUNKY MONKEY BABYS→ファンキー加藤なんかも手がけてて、「え、ここにもagehasprings!?」みたいなのがすごく多い(リンク貼っとくので実際に見てみてください)。個人的にはGOOD ON THE REELをマネジメントも含めて手がけているというのが特に驚き。巻末のプロデュースワーク一覧はなかなかにして壮観だったりする。その作品の総売上枚数は2004年からの累計で4,000万枚。因みに、2004年〜2013年のCD総生産枚数は24億1400万枚なので、60枚に1枚はagehaspring関連になるわけだ。いまいちすごさがわかりにくいけど、2005年にデビューしたAKB48の累計売上枚数が3,000万枚超なので、なんとなく把握できるのではないだろうか。できませんか。そうですか。
さてこの本は主に「agehaspringsの、玉井さんの音楽作りに対する考え方」「agehaspringsがどういう仕事をしているか」の2点が述べられている訳なんだけど、前者が色々と興味深い話だったので、この場で紹介してみたいなあと。もちろん後者の話はagehaspringsのことのみならず音楽プロディーサー一般の仕事の話に繋がっているので、音楽業界に興味がある人、仕事してみたい人にとっては必読の文章なんじゃないかな。
さて、「agehaspringsの、玉井さんの音楽作りに対する考え方」という話だけど、のっけから「他の人種と比べて日本人は歌上手くないし演奏能力も市場規模に比べて高いとは言えない、むしろ先進国では最も低いくらいだ。おそらく理由は日本語はポップミュージックには向かない言語だということとグルーヴという概念が元々無いということだろう。」と言いきっている。これまたかなりバッサリなんだけど、そこからどう良いものに持っていくかという観点でのプロデュースワークがものすごく重要だとしている。その上で、いくつかのキーポイントを挙げているが、その中でとりわけ目をひくのがプロデュースの物差し3点の内に挙げられている「ダサいものに真理が宿る」という項目と、そこ以降で頻繁に使われる「ブイヨン」というメタファー。
「 ダサいものに真理が宿る」というのは「世界的に受け入れられ、大ヒットした曲はどんなジャンル(ロックややEDMなど)であってもブルース・カントリー的な感覚の要素が入っている」ということであり、その「ブルース・カントリー的な感覚」が「ブイヨン」だという。なぜ「ブイヨン」なのかというと、逆に日本独特のウケる要素(歌謡曲や演歌の要素)という物もあるからで、そういったものを「ダシ」と本書では定義している。
その上で、(良い音楽が)人を振り向かせる要素として下記3点を挙げている。
- ハッとするほど美しい
- 毒を盛れている
- 色気がある
実はこれらに共通する要素として「まっすぐではない」「少し癖がある」というのが挙げられており、これらを出すためにもやはりブイヨンが(あるいはドメスティックに攻めるのであればダシが)欠かせない、と説明している。
このくだりはすごく面白いなあ 、色々示唆に富んでるなあと感じるわけです。この辺りの要素には自分が感じているいい曲悪い曲の基準にも似ているところがあるからだ。それなりに「まっすぐではない」癖がある、というのは聴いた人に良い違和感(©山口一郎氏)を与えられた方が良くて、ただ綺麗でいい曲っていうのは一聴すると「まあ良いよね」ってなるけどそんなに長く続けて聴かないということが往々にしてあるし、コブクロとかは極端に毒を排除してる感じがあって、それはまあそれで良いのだろうけどさという感じ。その辺を表すのに調味料というメタファーはすごく面白くて、使いようがあるなあと思うのです。さっきいった綺麗なだけでするっと抜けてしまって後で聴かない曲、というのは「ダシやブイヨンのようなベースになる味がない曲」ということも出来るし。最近フェス中心にもてはやされてる「高速化・浮世絵化したJ-POP」「YouTube・ニコニコ動画時代の15秒で引きつけるJ-POP」みたいなのはある種化学調味料的だという風にも考えられる。ウケる要素だけ抽出してるところが、そんな風に見えるわけです。
そういう観点から考えるとブイヨンやらダシやらとにかくたっぷり詰めて煮込んでますよ感のする音楽を自分が好む理由も見えてくるし、そういう中ではこの前発表されたくるりの新曲なんか、秘伝のスープって感じで最高じゃないですか、と思うわけ。
実は個々に書いてあることは最初の50ページ分くらいで、それ以外にも「YUKIのプロデュース秘話」や「蔦谷好位置インタビュー」、そしてプロディースワークのあれやこれやなど、とにかく興味深い内容がたくさん載っているので、是非読んでみてくださいね。書籍版とKindle版の二つありますよ〜。
12月 9 2014
2014年ポピュラー音楽関連書籍マイベスト10
さて、12月になってアイドル楽曲大賞の投票もしたし、いよいよ年間ベストを発表するシーズンになってまいりました。今年は沢山ポピュラー音楽関連の本を読んだのでまずそこからベスト10を挙げてみたいと思います。今年初の試み。それにしてもタワレコオンラインで10%ポイント還元の時にクーポン使って買うと実質20%オフかやったー!とか言って買いすぎた気がするw年末に向けて、本の収納については真剣に考えなくてはいけなくなっております。
では10位から。見ての通りですが僕の趣味嗜好を反映してJ-POPものが多いです。簡単なコメントと、印象に残った部分なんかを引用して紹介していく感じで。
10位:伊藤涼「作詞力 ウケル・イケテル・カシカケル」
意外と出てこない職業作詞家の世界を書いた本。著者は元ジャニーズスタッフで、修二と彰・テゴマスなどのディレクターだった。そこから転じて今はリリックラボという作詞家のためのコミュニティを主宰しているので、作詞者側と採用者側の両方の視点から話が進んでいく。お金の話など色々とぶっちゃけているのが面白いが、その一方でコライト(共同制作)のような制作手法についても話しているし、作詞家としてコンペをつかみ取るための自己プロデュースみたいな物もテーマと取り上げている。なかなか見ない話が色々出てきて面白かった。まあとりあえずこれはハウツー本では無いことは確かだ。でも作詞してみたい人は読んでみるといいんじゃないかな。
9位:玉井健二「人を振り向かせるプロデュースの力 クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル」
既にブログでも1度書きましたね。AKB48、YUKI、関ジャニ∞、でんぱ組.inc、ファンキー加藤など多数ミュージシャンの楽曲製作に携わっている音楽製作集団agehaspringsの代表である玉井健二さんのプロデュースに対する物の見方・考え方をまとめた物。日本人はグルーヴという概念がないというビハインドがあるけれども、そこからグローバルで通じる一定の水準に持っていくことこそが「プロデュースワーク」であるとして、その具体的な内容を話していく感じ。そしてそのキーとなるのが「ブルース。カントリーの要素」=「ブイヨン」である。
8位:磯部涼「新しい音楽とことば」
12人のソングラーターに、「歌詞をどう産み出しているのか?」ということを問いかける、「翼広げすぎ」みたいな話とは一線を画するインタビュー集。インタビュー対象も「今」を捉えることにフォーカスしたかのような人選で、どの話も読んでて面白い。その中でも一番最後に配された湘南乃風の若旦那のインタビューがめちゃくちゃ面白い。「ルーツはさだまさし」「マイルドヤンキー向けの作品を作っている」など、びっくりするような発言が連発されると共に、彼のしたたかさというか賢さが垣間見られる内容になっている。一部がRealSoundで公開されてるので是非読んでみてね。
7位:若杉実「渋谷系」
タイトルがどストレートな「渋谷系」なんだけど、そこから連想されるフリッパーズ・ギターやピチカート・ファイブなどの具体的なミュージシャンについて深く掘り下げた本ではなく、当時の「音楽シーン」を切り取った本、というスタイルだろう。肩すかしを食らう人も多いだろう(僕も最初はその一人だった)が、そもそも渋谷系はフリッパーズ・ギターのようなネオアコ直系の音楽ばかりだったというわけでもないわけで、Cymbalsの沖井礼二がテレビ番組出演時に説明したように、「渋谷を発信地として流行した音楽・ファッション・映画・文学などから発信したサブカルチャー現象」である。という前提に立った上で読むと、この本のおもしろさが見えてくる。NHKで放送された番組を書籍化した「ニッポン戦後サブカルチャー史」でも渋谷という街の発展について書いてある項目があるのだけど、そこと併せて読むと色々見えてくる部分があると思うのでお勧め。
6位:マキタスポーツ「すべてのJ-POPはパクリである」
J-POP形態模写芸でおなじみのマキタスポーツが、その芸の構成要素を公開していく、という内容。カノン進行や「翼広げすぎ」な歌詞など楽曲作りの類似点を挙げていき、最後には「J-POPはノベルティソングなんだ!というすごい結論に行き着く。このノベルティソングとは何かというと、要はアーティストの「人格÷規格」に付随する音楽である、ということ。人格とはそのアーティスト自身のキャラクター、そして規格とは音楽のスタイル。あくまでも規格がベースに合って、そこに各アーティストが独自の味付けをしているから、人格に従属したノベルティソングなんだというわけ。因みにこの本が佐村河内守・新垣隆のゴーストライター騒動のまっ最中に出版されたというのはなんたる偶然なんだろう、と感じた。
5位:柳楽光隆etc.「Jazz The New Chapter」
21世紀以降になってから新たに出てきた「ジャズの新しい潮流」にフォーカスした本。具体的にはロバート・グラスパーを主軸に置いて、他のジャンル(ヒップホップ、ロックなど)なども参照して取り込みながら進化していくジャズの姿を紹介している。こういう取り組み自体は今までなかったものであり、コンピレーション盤も出るなどかなりのムーブメントに。個人的にもかなりインパクトがあった本で、この界隈の作品を結構聴くようになったのが自分の音楽嗜好にとって今年一番の変化だったかな。ディスクガイドも含めて内容の全部を読み込むのは大変だけど、まず最初の50ページくらいでも読んで見ることをお勧めしたい。ロバート・グラスパーの言葉を読むと、ジャズが今の音楽として身近に感じられるはずだ。
4位:磯部涼・九龍ジョー「遊び疲れた朝に~10年代インディーを巡る対話」
2010年代に色々と独特な方向へ進化しだした日本の(特に東京の)インディーミュージックシーンについて二人のライターが対談する、という本。色々偏りがあるよなあとは思いつつも話されている内容が抜群に面白い。情報量が物凄く多い、という意味でも10年代インディ・ミュージックへの有効な批評になっている本。
3位:香月孝史「「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う」
アイドルの話はとかく荒れやすい。それはなぜかというと、「アイドル」というものに帯する共通認識が語る人によって全く違う上に、広く共有されている「アイドル」のイメージが既に存在していない物だからだ。「アイドルらしからぬ」という言葉はよく聞かれるものの、実際そこが参照している「アイドル」という概念を体現しているアイドルはもういないのではないか。そのすれ違いをなくすために現代に合ったアイドルの定義・コンセンサスを作ろう、という本。結論としては、アイドルが現場やSNSなどを通じてパーソナリティーを開示する一方でファンの側は承認欲求を投影する、そのコミュニケーションの往還こそがアイドルだと。すなわちアイドルは「場」なのだ、という話になる。ここに到るまでの説明が極めて丁寧なので、極めて納得感が高い(そういえば「あまちゃん」でも、特に潮騒のメモリーズのライブシーンはファンと一体となり盛り上がる物だった)。これからアイドルについて話をしようと思うのであれば、まずはこの本の議論を元にするべきでしょう、と感じた。
因みに、著者の香月さんが今レジーさんのブログで今年を振り返る対談してるのでぜひご覧ください。
あと、ポピュラー音楽とは関係ないけど戦前からドルオタ的存在はいましたよ、という「幻の近代アイドル史」という本も超面白かった。もぐもぐさんのブログで紹介されてるのを読んで知ったんだけど、この紹介読むだけでもすごく面白いのでこちらも是非。
2位:細馬宏通「うたのしくみ」
これは衝撃的に面白かった。何というか今迄に読んだことのないような「歌」についての解説本。サンバ・ボサノヴァ・童謡「お正月」・ブルース・古典的ロックンロールからユーミンにaiko・モーニング娘。(つんく♂)・Perfume(中田ヤスタカ)などの歌の「しくみ」について丹念な構造分析を施していく。「そもそも歌と歌でないものの違いは何か」「ブルースは掛け合い」「“っ”は無音(だと言うことにボカロを使うと気付く)」など思わずうなる解釈が連発されて素晴らしく面白い。こんな分析見たことなかったです。そんな中でも膝を打ったのは「LOVEマシーン」のサンドイッチ効果。そこを引用するので是非おもしろさを感じてみてほしい。
1位:南田勝也「オルタナティブ・ロックの社会学」
ここ20年くらいのロックミュージックに起きている位相の変化を丹念に追った一冊だけど、出版時期がものすごくタイムリーだった。というのも「ロックのスポーツ化」「フェスの盛り上がり重視傾向」みたいなものが、ミュージシャンも含めて激しく議論されたこの年にその背景をつかんだ本が出版されたから。このブログでもVIVA LA ROCKの時にこの本を元に今っぽいフェスのブッキングなんかについて色々分析した。この本では、1990年前後に起きたエフェクターなど機材面での進歩がギターソロ重視からギターリフ重視の音楽へ、「波」から「渦」の音楽に位相転換し、より体感的な物・よりスポーティーな物に変貌していったと説明している。今のフェスのノリが云々とか言う人は是非この本を。というか去年の円堂都司昭さんの「ソーシャル化する音楽」と並ぶ、日本における音楽受容の現状を的確に捉えた本だと言える。というわけでこの本が1位です。
なんだかんだで色々読みながら、読み終わったときにちゃんと感じたことや気付きを書くようにしたのでなかなか勉強になったなあという感想。これ以外にも色々読んだけど良かった物も悪かった物も有意義でした。悪かった物はそれはそれでどう良くなかったかを説明することが必要になるからね。さて、来年も楽しく本を読みたいけど、音楽以外の積み本も消化しないと!!!ってことで今月はしばらく他の本を読もうと思います。笑
というわけで今年の総まとめシリーズ、次回は楽曲ベスト10の予定ですよ〜。
By たにみやん • Book, Music, 年間ベスト •